ムーラン・ド・ラ・ギャレット 圧倒的な光の洪水 (上野 国立新美術館 ルノワール展)

最近、色々なところで広告を見ますが、今年はついに印象派の巨匠オーギュスト・ルノワールの大作、ムーラン・ド・ラ・ギャレットが日本にやってきます。2016年4月27日から8月22日までの約4カ月間、国立新美術館で「オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵 ルノワール展」として開催されるようです。

日本での美術展の品質の高さ、そしてたまに一時帰国時に足を運んだ時の混雑具合から、つくづく日本は文化的に成熟している国だなぁと思います。シンガポールで西洋絵画を見られることは珍しく、ナショナルギャラリーでは3年ほど前に、リヒテンシュタイン王室のコレクションが展示されていましたが、全然混雑しておらず、美術館内で開催されているイベントからしても、日本との違いをまざまざと見せつけられました。

話がそれてしまいましたが、ムーラン・ド・ラ・ギャレットが日本に来るタイミングに日本出張か一時帰国を企画して、なんとかしてムーラン・ド・ラ・ギャレットを見に行くことが出来ないかと既に企んでいる訳なのですが、実際には行けるかは未だ分かりません。

今回はこの絵について(私が知っている事をちょっとだけ、それにどれだけこの絵が好きかという事を含めて)紹介したいと思います。

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ムーラン・ド・ラ・ギャレットとの出合い

私がこの絵に出会ったのは2012年のパリでした。始めて行ったオルセー美術館で、このムーラン・ド・ラ・ギャレットは圧倒的な輝きを放っていたのです。

まず圧倒されたのは大きさでした。私たち夫婦は印象派の作品が(分かりやすいから)好きで、日本でも上野で特別展があればよく見に行っていたし、印象派で有名な箱根のポーラ美術館にもよく足を運んでいました。その中でルノワールの作品はいくつも見てきたのですが、この作品は他のどんなルノワールの作品よりも大きく、圧倒的でした。

液晶画面を通した写真からは分かりづらいのですが、実物の絵の大きさは何と、1.31 m x 1.75 mです。横幅がほぼ男性の身長と同じくらいある絵なのです。

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ムーラン・ド・ラ・ギャレット
オーギュスト・ルノワール (1841-1919)
1.31 m x 1.75 m
1876年
油彩/カンヴァス

光に圧倒される

写真に撮影されてトナープリンタで印刷された絵や、その写真をパソコンの液晶画面を通して見た場合、この絵にはなんだか白い点々が目立ちます。こちらに背中を向けて画面右下に座っている男性の背中はまるでテントウムシかのような点々具合ですし、画面左で踊っている男女の足元も点々だらけです。今、ブログを書きながら写真を見ていてもそうですが、少し違和感があります。

ですが他の印象派の作品と同様に、実際にこの絵の前に、自分の足で立ってこの絵を見た印象はまるで違います。

その点々がまるで本物の太陽光のように、さらには太陽光が木々の間を潜って、直接そこに当てられているかのように錯覚してしまうほどに、その”瞬間”を捉えています。絵が光っている訳ではないのです。光が絵にあたっているのです!!

これこそが印象派の醍醐味というか、印象派が印象派である理由です。限られた絵の具を調合してキャンバスに乗せただけのはずの絵を見て、「眩しい」と感じてしまうのです。

2012年のモンマルトル

とにかくこの絵にはやられてしまいました。2012年に訪れたパリ滞在中、そのうちの1日は、モンマルトルの丘で似顔絵を書いてもらったりしながらゆっくり過ごしましたが、その時にはこの絵の舞台にもなったレストランも覗いたりして、この絵を、この絵の登場人物たちを、より身近に感じて帰ってきました。

[2012年のモンマルトル]

monmaltle

目星をつけた画家に似顔絵を書いてもらったけれど、彼は今もここで観光客の顔を書いているのだろうか。今は昔のようにここモンマルトルから成り上がるのは難しいように感じる。

文化的なはなし

この絵が描かれたのは1876年です。(なんとルノワールは35歳!!)

ムーラン・ド・ラ・ギャレットは、同じくモンマルトルにあるムーランルージュと対比して語られる事があるのですが、ムーランルージュが出来たのは、1889年ですから、この絵はそれよりも10年以上前の光景なのですね。ムーランルージュが生まれるころにはパリジャン、パリジェンヌたちも大分裕福になっていましたが、これは10年前のまだ貧しかった頃の作品です。週末の昼下がりに最大限着飾ってお酒とダンスを楽しむ姿は、ムーランルージュでの華やかなフレンチカンカンのようなダンスに比べて、初々しさというか、瑞々しさというか、恥じらいがあり、良いムード(雰囲気)に仕上がっています。

この絵を見て、登場人物たちの暮らし(ストーリー)を想像すると、なんだかまるで場違いだけれど、週末の夜にクラブに集まるB-boyを想像してしまいます。平日には安い給料で汗水垂らして働いて、友達と集まる週末の夜のために全てをかける。その全てが現れているのがこの絵だと思うのです。学生時代に、一生懸命に飲食店のバイトでお金をためて、流行の服を買い求めていた青春時代を思い出します。

Ryuzo – Hate my life は、現代版のムーラン・ド・ラ・ギャレットといったところでしょうか。

今はそこら中に週末輝ける場所がありますが、当時はそれほど多くありません。Ryuzo – Hate my lifeにあるように、労働者階級が輝ける場所、それがムーラン・ド・ラ・ギャレットだったのです。そこにみんな押しかけて、その光景を切り取った絵は、エネルギーに満ち溢れていて当然です。35歳の若いルノワールが残した絵は、そんな瞬間だったのだと思います。

さて、如何でしたでしょうか?

この有名すぎる絵は、ネット上に解説がありふれていますが、どれも似通っていて面白くありません。そこで、自分なりのアプローチで解説してみました。きっと1870年代のパリで青春時代を送ったのであれば、私もきっとムーラン・ド・ラ・ギャレットに通い詰めていたのでしょう。

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