本は色々と買いなさい。読まなくったっていいじゃないか。積読(つんどく)嫌いにモノ申す!!

みなさん、買うだけ買って、読んでない本あるんじゃないでしょうか?何冊あります?読もうと思って読む時間が取れない本。途中まで読んで、最後まで読もうと思って、それで先に進めなくなってしまっている本。

こういう状態の事を、積読(もしくは積ん読)と書いて「つんどく」と言うらしいですね。多分、誰しもが数冊はそんな本がある人が多いのではないでしょうか?
実は私、今、100冊以上も積読しております。

パッと本棚を見たら、2列くらい、まだ読んでない本がありました。新しい本を買わなくても、これだけ読み終えるのに余裕で半年以上かかってしまいそうな、結構凄まじい量です。

さらに、KindleやHontoなどの電子書籍リーダーを見てみても、それぞれ数冊ずつ(実際の本に比べれば少ないけれども)合計20冊程度は読んでいない本がありました。金額にしたら何円になるのだろう。よくよく考えると、これはなんだか勿体無い気がします。無駄使いだという気さえしてしまいます。本はアクセサリーでは無いですからね。

ですが、これを異常な状態だと思うかって言うと、そんなことないんですね。少なくとも私はそう思います。今日は積読(つんどく)に対する自分の想いを書いていこうと思います。

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本が人をつくる

積読(つんどく)について書く前に、まずは本との関わり方について考えていきます。そもそも私は、ある程度大人になって(10代、20代と比べたら)だんだんと人格が形成されてきたなぁと思っていた時期がありました。それは人の意見とは違う、自分の意見がはっきりしてきたということでもあるし、自分の中で考えても、ある似たような事が起きた時に、似たような事を考える、つまり思考のパターンのようなものが形成されてきたということでもあります。

これは自分自身がいろいろな事を体験して、さらにいろいろな本を読むことでそれを追体験して、知らず知らずのうちに百選練磨になってきていることでもあります。自分が直接体験したことだけでも人格(というか思考)が形成されるわけですが、その場その場に流されずに、「自分でどのような人になりたいか選ぶ」という意味で、読書は人格(というか思考)の形成に有効です。

自分は将来どんな風になりたいか、もしくは、自分は何が好きか、で読む本を決める事はもちろん大事です。ただし、ある偏った本だけ読めば、偏った(よく言えば専門的な)人間に近づくことも事実です。色々な本を読むことで、色々な世界を知り、ちょっと新しい事を聞いただけでは驚かないようになる。思考の振れ幅を少なくする。自分の軸を作る。それが読書だと思います。

本を読むタイミング

ただしここで難しいのは、本を読むタイミングです。色々な自己啓発本がありますが、読む時期によって胸に響いてくるときと、まったく駄文に見える時があります。つくづく読むタイミングは大事なんだと思います。

例えば、時間軸で考えてみることが出来ます。落ち込んでいる時に響いてくるような本があります。自分が調子に乗っている時に戒めてくれる本があります。やる気が出たときに、背中を押してくれる本があります。倦怠している時に、何か活力を与えてくれる本があります。

もしくは、場所で考えてみることも出来ます。寺院を巡る旅行の移動中に読むと、自分の仕事に対する疑問を抱く本がありますし、逆に自分の仕事に対して自信が持てるようになる本があります。シンガポールの夜景を見ながら読むと、日本の将来が不安になる本がありますし、逆に日本が誇らしく思える本があります。

これは、その本を読んでみるまで分かりませんし、全く意外な発見がある事の方が多いのです。

「この本を読んでから、次の本を読む。」はすぐ止める。

こうやって考えてみると、その本を読むのに最適な「時間」「場所」はというのが、きっとあるような気がしてきます。せっかくならベストな本を、ベストなタイミングで、ベストな場所で読みたいと思うのは当然です。ただし、そんな事は誰にも分りません。三島由紀夫の「暁の寺」をバンコクのワット・アルンの階段に腰掛けて読むのがベストなのかというと、私は決してそんな事はないと思いますし、実際のところ、何をいつ読めばいいかは分かりません。

だからこそ、手あたり次第に読むしかないのです。

読む時期、読む場所を探していて、読まない期間があるのは、本当にもったいないです。私は本を読まない日がまず1年の中で1日もありませんが、それでも立ち止まっているなと感じるときはあります。

本屋さんでこんな経験がある方も多いのではないでしょうか?「この本、すごく良さそうだけれども、今読んでいる本があるしなぁ。それを読んでから買おう。」「この前、たくさん買ってしまったけれども、まだ1冊も読んでないし、次の本を買うにはまだ早いかな。」私は断言します。良さそうと思った本があったら買うべきです。その本が実際に良い本かどうかはわかりませんが、間違いなくその本を買った経験だけは、生きてきます。それも、歳が増すほどにその経験の価値は増してくるとも言い切れます。

「いつか読むだろう。」は必ずやってくる。

今読んでいる本がつまらなくて、最後まで読むのを義務のように感じてしまい、次に進めない人は案外多いのではないかと思います。「これはつまらないから読むのをやめよう。」だとか、「この本は難しくて、今は読めない。いつか読めるようになったら読もう。」と考えて、次の本に行くとすると、それはなんだか、弱い自分に言い訳しているみたいで、後ろめたい気持ちになるかもしれません。ですが、これはおおいに結構な事で、どんどん挫折して、どんどん新しい本を読むべきだと思います。難しい思想の本に飽きたら、サスペンスや恋愛ものの小説を読んだり、もしくは絵本のようなものを読んでもいい。逆に小説ばかり読み漁っているときに、酷くむかっ腹が立つ小説に出会ってしまったら、その本は中断して、政治の本や小説家のエッセイを読んでみたりする。とにかく立ち止まらない事が大切なのです。

一度投げ出してしまった本を、再び読むことがあるのか?というと、それは実際にあります。私自身、経験があります。例えば私の例で言うと、九鬼周造の「いきの構造」がそれにあたります。その独特のタイトルからしても(さらに岩波文庫ということからしても)、これはきっと凄い本に違いないと思い、数年前に書店で買いました。しかし買ってしばらくは、全然読むことが出来ませんでした。読もうという気持ちに全くならないのです。合計三編の論文が掲載されている本なのですが、それが硬すぎて、全く頭に入って来ないのです。最初の1ページだけ読んで速攻で諦めました。それが、あるタイミング(バリへ一人旅に行った時だったと思う)で、スラスラと頭に入ってきたのです。その時は、「いきの構造」しか持って出かけなかったので、その本を読むしかなかったというのもあるでしょう。ですが、一度は投げ出してしまった本こそ、印象に残るという事は実際にあると思います。

*だいぶ前に書いたもので、我ながら駄文のような書評ですが、いまや「いきの構造」は自分の中で大切な本の一冊なので、一応リンクを貼っておきます。

[書評]「いき」の構造

自己投資にいくら払う?

さて、ここまで私は、「読んでも読まなくても、じゃんじゃん本を買え。」と言ってきました。ですが実際のところ、本は無料ではありませんし、高いものでもあります。あっという間に読み終わってしまう新書が700円から1000円程度というのも、良く考えたら高い気がしますし、みすず書房など良く考えなくても高すぎて、なんとかして欲しいと常々思っています。ですがこの金額を「自分を変えるための投資金」と考えたらどうでしょうか?お金を払う事で、自分が変われるとしたら1万円は高いですか?10万円ではどうですか?それは人によって様々でしょう。

少なくとも数冊、いや数十冊、いやいや数百冊ためても、安いと思うのは私だけでしょうか。それが自分の血肉になると思い、今日も本を買い続け、そして読み続けているのです。



レストランやカフェのレビューが中心のこのブログでも、色々と、(気まぐれで)自分が面白いと思った本をレビューしているので、興味があったら見てみて下さい。そして、気になる本があったら、それはあなたが「変わる」本かもしれません。迷わず買ってください。笑

http://hugonoblog.com/category/book

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