[書評]マシアス・ギリの失脚

朝から話をはじめよう。すべてよき物語は朝の薄明の中から出現するものだから。

こんなロマンティックな書き出しで始まる『マシアス・ギリの失脚』は、池澤夏樹の長編小説です。先ほど読み終えたばかりで、まるで未だに物語の中に自分がいるような不思議な感覚なのですが、この小説は紛れもなく傑作であると思うので、この長く深い物語を忘れないうちに備忘録程度に書評を記しておきます。まだ自分の中で解釈が出来ていない場所も多く、人に語れる程ではないですが、作品の魅力を伝えられたらと思います。

以前、ブログを始めたばかりの頃、池澤夏樹の小説『スティル・ライフ』の書評を書きました。

http://hugonoblog.com/book/stilllife

不思議な魅力に溢れた宇宙的な主人公の佐々井と、至って普通の現実的な主人公を通して、世の中との関わり方描いた『スティル・ライフ』は間違いなく大傑作ですが、この『スティル・ライフ』に比べても、本作のスケールは巨大です。本作で池澤夏樹は、マシアス・ギリという、ナビダート共和国という架空の国の架空の大統領を描くのですが、そのために架空の国家を創るどころか、その歴史、そして文化まで想像してしまいました。

著者は架空の国の、架空の国の歴史と、さらには架空の文化まで描き出して、最終的にこの物語はどこに辿り着くのだろうと不安になりながら読み進めると、最後は全てがスッと収束してしまい、狐につままれたような気持ちになります。それでは、ネタバレしない程度にあらすじから見ていきましょう。

マシアス・ギリの失脚
新潮文庫
池澤 夏樹

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あらすじ

南洋の島国ナビダード民主共和国。日本とのパイプを背景に大統領に上りつめ、政敵もないマシアス・ギリはすべてを掌中に収めたかにみえた。日本からの慰霊団47人を乗せたバスが忽然と消えるまでは…。善良な島民たちの間でとびかう噂、おしゃべりな亡霊、妖しい高級娼館、巫女の霊力。それらを超える大きな何かが大統領を呑み込む。豊かな物語空間を紡ぎだす傑作長編。谷崎潤一郎賞受賞作。 (「BOOK」データベースより)

この物語は何ていうジャンルなんでしょう?フィクションにはフィクションなのですが、ミステリーのような、ファンタジーのような、それでいて歴史小説のような側面もあります。今まで読んだ事のないタイプの小説ですが、いろいろな要素を含んでいるので奥行きがものすごくある、読み応えのある小説です。

バスの失踪

あらすじにもありますが、この物語はバスの失踪がキーです。日本からの慰霊団47人が乗ったバス(本編最後に収録されている解説によると47は意味のある数字らしい)が失踪してしまうのですが、これは決してミステリー小説にある”普通の”失踪の仕方ではありません。失踪してしまっても、それがあまり表沙汰になることはなく、ケンペー隊のカツマタが捜索するのみなのです。何故か気づいている人が少なく、事件にならないのです。本編は何事もなかったかのように進んでいき、物語の途中途中で短いバスレポートが挿入されます。それによると、漁師にバスが海中を走る姿を発見されたり、バスがしゃべって対向車と喧嘩したり、喉が渇いてコーラを買いに来たり(バスが!)、またあるときは星座となって発見されたり(バスが!!)、教会に参列していたりします、(バスが!!!)そんなレポートが短く随所に挿入される以外は、ほとんどバスについては触れられずに本編が進んでいくのです。ですので、ミステリーチックに失踪すると言うよりも、ファンタジーチックに失踪すると言ったほうがしっくりくるかもしれません。これこそが、池澤夏樹ワールドです。

個性的なキャラクターたち

このような、”普通じゃない”バスの失踪に加えて、個性豊かなキャラクターたちが本編を彩ります。ここではネタバレしない程度にその魅力を紹介します。

同性愛者ケッチとヨール

ケッチとヨールはナビダート共和国の出身ではなく、何処からともなく流れてきてナビダート共和国に流れ着いた外国人です。アンジェリーナの娼館でいつもIWハーパーの12年を前にして、二人で永遠に語っています。何故かいつもこのお酒を、1日かけて1本飲んでいます。場所は娼館ですが、二人は同性愛者であるが故に、お店の嬢たちには興味が無く、お客が嬢と個室に入っていく中で二人はずっと、赤いテーブルの上にIWハーパーの12年を乗せて、見つめ合いながら語っています。その光景が想像できますか?なんとも不思議な空間です。

IWハーパー 12年

娼館の女主人アンジェリーナ

アンジェリーナはフィリピン人ですが、主人公のマシアス・ギリがフィリピン滞在中に彼女に告白し、それを断る代わりにナビダート共和国で娼館を始めることになりました。
夜な夜な大統領は、島に1台だけある日産プレジデントに乗って、アンジェリーナに会いに行きます。そこで情事を楽しんだり、ハシシュ(いわゆる大麻・マリファナ)を吸ったりして、帰っていきます。普段の激務から束の間だけはなれられる場所が娼館なのです。

亡霊のリー・ボー

この不思議な物語には、人間だけでなく亡霊も出てきます。その亡霊がパラオの王子だったリー・ボーです。ナビダート共和国では、人は死ぬと一度鳥になり、その後にあらゆるものに生まれ変わると信じられています。ですが例外的に鳥になることなく亡霊になる死者もいるそうです。

霊力を持つ女エメリアナ

この物語最大のキーパーソンが、このエメリアナです。彼女はアンジェリーナの娼館で働いていましたが、未来が見える能力のために、マシアス・ギリの大統領官邸で勤めることになります。

あまり話しすぎてしまうと、物語を読む面白さがなくなってしまうので、この辺にしておきますが、この不思議な雰囲気の登場人物たちが作る物語ですので、面白くないはずがありません。まさに池澤夏樹ワールド全開です。

さて、如何でしたでしょうか?読み終わった後に今こうして文章にして思い出してみても、なんとも不思議な物語なのですが、読んだ直後に目の前にあったファンタジーという名前の霧がスッと晴れるような、まさに狐につままれたような後読感のある小説です。なんとなく気怠い時、現実世界とかけ離れた物語が読みたくなること、ありますよね?そんな時に本書はもってこいの本です。是非記憶にとどめておいて、時期が来たら読んでみてください。

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