池波正太郎の「むかしの味」を読んで、外食が多いシンガポールでレストランとの付き合い方について考える。

シンガポールにいると外食する機会がどうしても多くなります。友達と話すときも、どの店がおいしいとか、どの店はどんな集まりに適しているとか、そんな話は多くなります。自ずとこのブログでシェアする情報についても、飲食店のレビューが多くなってきて、今ではそれがこのブログの柱になっています。

当初は、レストランでもモノでも、本当におススメできる場所だけアップする予定でしたが、最近では始めて行った場所でも(というかそんな店ばかり)紹介しています。それは妥協ではなく、その方が需要があるから変わっていったのですが、シンガポールの中で、どこが贔屓(ひいき)の店かというとなかなか答えられない自分が嫌になることもあります。

本当に良いお店を知っていて、その店を贔屓にすること。

それは人生の中の大きな楽しみでもあり、そのお店とともに年を重ねることは教養でもあると思います。今回は池波正太郎の渾身の一冊。食エッセイ「むかしの味」についての紹介です。

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「むかしの味」

数々の食にまつわるエッセイを書いている池波正太郎の中でも、むかしの味は20軒ちょっとのレストランを紹介している、いわばレストランガイドのようなものです。

さっそくAmazonから紹介分を引用しましょう。

「[たいめいけん]の洋食には、よき時代の東京の、ゆたかな生活が温存されている。物質のゆたかさではない。そのころの東京に住んでいた人びとの、心のゆたかさのことである」人生の折々に出会った“懐かしい味”を今も残している店を改めて全国に訪ね、初めて食べた時の強烈な思い出を語る。そして、変貌いちじるしい現代に昔の味を伝え続けている店の人たちの細かな心づかいをたたえる。

この一文で池波正太郎と分かる、大好きな文章です。

こんな調子でそれぞれのお店について店主とのエピソードを交えながら、紹介していったレストランガイドがこの本になります。レストランガイドと言うよりも、池波正太郎個人のエピソードをメインに語っていて、「私はこうしてレストランと付き合ってきた。」という姿勢の方に重点を置いて書かれています。どのお店も一見さんなのに、偉そうにレビューしている身からしたら心が痛いですが、そんな姿勢は見習っていきたいと思います。

お店の紹介

この本では21軒のお店が紹介されています。池波正太郎は東京の人ですから、東京の店がメインに紹介されていますが、京都、大阪、横浜等、東京以外の地域もあります。そのレストランに行ける環境にいなくても、読み物として単純に面白いエッセイです。今回はいくつかピックアップして紹介していきたいと思います。

たいめいけん

まずはこの店、たいめいけんです。池波正太郎のエッセイが好きな人であればおなじみのお店、何度も何度も目にしています。日本人シェフが海外で修業したりするなんて簡単に行けなかった時代。フランス料理イタリア料理など別れておらず、いわゆる“洋食”と言われていた時代。その時代の“洋食”の代表格が「たいめいけん」でした。

ちなみに私、池波正太郎の「たいめいけん」との話を読むにつれて、どんどん行きたい欲が深まってきて、ついに前回帰国時に、日本橋まで行ってきました。その様子をブログに書いたので、ご覧になっていない方は是非ご覧くださいませ。

昔ながらの古き良き洋食屋さん たいめいけん

たいめいけんの創業者の茂出木心護の本についてもレビューしているので、良かったら、こちらもご覧くださいませ。

洋食や たいめいけん よもやま噺を読んで、理想の大人の像を描く

銀座の新富寿し

次に紹介するのは、銀座の「新富寿し」です。シンガポールの冨寿しではありませんよー。

ところで、鮨は何といっても、口へ入れたとき、種と飯とが渾然一体となっているのが私は好きだ。

飯の舌ざわりよりも、分厚い種が、まるで魚の羊羹(ようかん)のように口中いっぱいにひろがってしまうような鮨は私にはどうにもならない。

最近の寿司のトレンドをこう表現する池波正太郎らしい、むかしの江戸の寿司屋です。むかしの寿司屋らしく、店主も江戸っ子です。他のエッセイにも出てきましたが、わたしは、「新富寿し」の主人とのこんなエピソードが好きです。

先年、八十四歳で亡くなった先代のあるじ・神山幸治郎さんが四十をこえたばかりだったろう。

ちょいと怖い人で、なまいきざかりの私が、くわえ楊枝か何かで出て行きかけたら、

「若いうちに、そんな見っともないまねをしてはいけませんよ」

といってくれたことがある。

この人にかぎらず、さまざまな場所で、さまざまな人たちが、若い者をいろいろと教えてくれた時代なのだ。

くわえ楊枝を注意してくれるあるじはもういないけれども、次回、東京に行くときには、銀座の新富寿司に行きたいです。

京都の松鮨

またまたお寿司のお話。こんどは京都です。松鮨では、こんなエピソードが語られています。

或る日の宵の口に、店へ入って行くと、あるじが厭な顔をして私を見た。一瞬、戸惑ったが、すぐにわかった。あるじは今日、仕入れた材料が気にいらないにちがいない。気にいらない魚介でにぎった鮨を客に食べさせることが、

(厭なのだろう)

と直感した。あるいは気に入った材料をにぎりつくしてしまったのやも知れぬ。そこで私が、

「いまは腹がくちいので、夜更けに食べたいから海苔巻きを折にして下さい」

いうや、あるじは途端に笑顔となり、

「御主人に、お酒を…」

といっしょに店を切りまわしている妻女へいった。あるじは男の客ならば「御主人」と呼び、女なら「奥さん」と呼んだ。

阿吽の呼吸というか、こういうやり取りができる人って一体どの位いるのでしょうか。そのレストランに行きつくして、店主も客も、お互いに何を欲しがっているか、話さなくともわかる。そんな関係は日本人同士でしか作れないであろうし、教養のある大人にしか出来ない。憧れてしまいます。もっと歳を重ねた時には、そんな大人になれているのだろうか。。。

また、こんなエピソードもあります。

あるとき、老女がひとり、鮨を四つほど食べて勘定をはらい、

「ここのお鮨、おいしいけど高うて、なかなか来られまへんのや」

と私にいった。

にこにこしながら老女を見ていたあるじが、後で、老女のことを、

「年に二度ほど、お見えになりますのや。うれしいお客です」

と、いった。

こんなレストラン、素敵ですね。こういうお店を見つけたいし、そういうお客さんを大切にするお店も素敵です。この本が書かれた頃は二代目に代わって、うまくやっているようですが、今はどうなのでしょうか。京都に行って、様子を見てみたいです。

銀座の資生堂パーラー

はじめて目にした銀座の街は、

「匂いが、ちがうね」

この一言につきた。

いまは、どの町も同じような匂いしかしなくなってしまったが、戦前の銀座の匂いは、まさにバターと香水の匂いがしていた。

そんなバターと香水の匂いがする当時の銀座で食べられた、華やかな洋食屋さんが資生堂パーラーです。店主とのエピソードと言うよりも、池波正太郎が銀座に足繁く通っていた10代の当時、お店で働いていた同世代の山田君とのエピソードがメインで語られます。

マカロニ・グラタンと、ミート・コロッケとチキンライス、この三品はいまも〔資生堂スタイル〕の名称のもとに、メニューへ残っている。

<中略>

銀座も資生堂パーラーも、私たちも変貌してしまったけれど、資生堂スタイルの三品だけは、いまも変わらずに残っている。

こんな文章で締められる資生堂パーラーの紹介からは、ただ味が良いだけのレストランではなく、ただ安いだけのレストランではなく、何よりも歴史、伝統のあるものがよいという想いが伝わってきます。そういう感覚を大事にしたいです。

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