洋食や たいめいけん よもやま噺を読んで、理想の大人の像を描く

日本橋の〔たいめいけん〕に行ってからというもの、日本の洋食に惹かれています。

先日はシンガポールのマ・メゾンに行った話をしました。懐かしい日本のハンバーグを食べて、「あぁ、これこれ。」と、忘れていた味を思い出しました。洋食とは、ハンバーグにはじまり、エビフライ、カレーライスにオムライスと言った、家庭料理のことで、レストランだけではなく家庭まで含めて日本では洋食と言うジャンルがもう完成されている状態です。

だからこそ、現代に生きる日本人であれば誰でも共感できるものがあると思うのです。

日本が誇る小粋な洋食屋マ・メゾン オーチャード高島屋店 (Ma Maison Restaurant)

今の状況、つまりその洋食の文化を作った人達がいます。昭和初期にはもう洋食やと言うのが日本に何軒かあり、一人の洋食を知る人から弟子に、孫弟子にと料理が伝えられ、試行錯誤されながら、料理が完成していきます。

今回は、昭和初期から洋食文化を支えてきた一人、たいめいけんの創業者の茂出木心護が書いたエッセイ、洋食や たいめいけん よもや噺を紹介します。江戸っ子節満載の、粋な噺が山盛りです。それではいってみましょう。

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おじいちゃんの遺言

今回紹介する本、洋食や たいめいけん よもや噺は、初版が1977年ですから、40年近く立っています。この本で綴られている、6人が入るといっぱいだったお店も、息子が店を引き継ぎ、そして孫が引き継ぎ、今でも人気は衰えません。

この本もたいめいけんの人気とともに40年近く愛され続け、未だに版を重ねています。前書きは孫の3代目が、そしてあとがきは子の2代目が書いているので、親子孫3代で書いているという面白い本になります。

前書きの3代目が紹介している、おじいちゃん、つまり茂出木心護が書き残した遺言が面白いので、そのまま引用します。

お前は、たいめいけんの三代目だ。

男の児だろう。じきに、わめく、くせがある。

大人になって、わめいても駄目なんだ。

「男、泣くなら、人形のように、顔で泣かずに腹で泣け」といっている。

勉強も大事だけど、男の児になりなさい。

おじいちゃんが浩司にいう全てである。

いつの日か、わかってくれれば、お前は立派な三代目だ。

今の人は、身内に対してこんな事言えないですよね。「男、泣くなら、人形のように、顔で泣かずに腹で泣け」と、この本を読んで、自分に対しても言われた気がします。時代が違うと言えばそれで終わりなのですが、茂出木心護の生き方、考え方をみると、自分とは大きな大きな差を感じて、自分がとてもちっぽけに感じます。

仕事の人、そして趣味の人

そのタイトルのまま、この本では〔たいめいけん〕の創業の話から、大きくなっていくまでの話がエッセイの形で語られています。そのところどころに著者の考え方が出ていて、とても面白いのですが、その仕事に対する情熱ぶりと同様に感心するのが、遊びに打ち込む姿勢です。遊びというのは茂出木心護の場合、祭り、そして凧あげです。当時は海外に行くにも、その国の要人からの紹介状がなければ国を渡れない時代でした。大手株式会社でも、社長と重役程度しか海外に行けない時代です。そんな時にパリまで凧あげに行ってしまうという大胆さ。そんな遊び心がある人でした。

凧に関わるエピソードで、面白い話があるので、これもそのまま引用しておきます。結婚披露宴にて、ある婦人に対して言った言葉です。

新婚当時はお互いうまくいきますが、立派なご主人なので、ほかの女性に誘われるのが、男の器量というものですし、つき合いマージャンで夜遅い日が続くこともあります。こんな状態は、凧でいえば、めんくらがっているときで、糸を出さなくてはならないんです。それをガミガミ言ったんでは、ぶちこわしです。出しっぱなしでも困りますが、”めんくらまい”が多少でもおさまりかけたら、十メートル出した糸なら十五メートルたぐるようにする。五メートル出したら八メートルたぐるようにする。そうすれば、風のおさまった時分に、あがっている奴凧みたいに、両手をふところに入れて帰ってきます。これが亭主操縦のコツです。

自分自身が寛容であり、なおかつ自信に満ち溢れていなければ言えない台詞です。こんな事が言えるようになりたいものです。

お料理110番について

たいめいけんを語るうえで、一つ外せないものがあります。それが「お料理110番」です。これは、お料理中に困ったとき、〔たいめいけん〕に電話したら相談に乗ってもらえるという制度です。「そんな馬鹿な。」と思われるかもしれませんが、本当の話です。今からレストランを始める人で、こんな制度を作る人はまずいないでしょう。ですが人情に溢れていた昔はこれが受け入れられて、大変な人気だったようです。

まだこの時代になっても、電話によるお料理の相談をやっているようなので、興味がある方は是非電話してみて下さい。きっと、インターネットでは分からない気持ちのこもった相談が期待できることと思います。気になる方はこちらまで、電話をかけてみたください。

(機械音声でなく、人が取る電話です。ちゃんと失礼のないようにお願いしますね。)

茂出木心護を慕った人達

落語家の林家彦六師匠、作家の池波正太郎先生、映画監督の伊丹十三さん、グルメの山本益博さん、さらに画家の向井潤吉などが茂出木心護と交流を持ちました。

私は池波正太郎のエッセイから〔たいめいけん〕を知りましたが、伊丹十三の映画もエッセイも好きです。そして茂出木心護にも同じ魅力を感じます。江戸っ子と一括りにしていいのか分かりませんが、こうなりたいと大人の姿である事は間違いありません。みなさん、本を出しているので、今あるものはとりあえず読んで、少しでも自分も近づけたらと、憧れのようなものを感じています。

そんな魅力たっぷりの茂出木心護が作ったたいめいけん。現在も三代目が営業していますので、日本に住んでいる方は行ってみて下さい。たいめいけんについては、ブログを書いているのでこちらもどうぞ。それでは、みなさん、また。ごきげんよう。

昔ながらの古き良き洋食屋さん たいめいけん

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