昔ながらの古き良き洋食屋さん たいめいけん

先日、日本に一時帰国したタイミングで、フラッと日本橋たいめいけんに寄ってきました。

そこでは、思いがけない人から、思いがけない話を聞かせて頂いたり、憧れていた料理に、意外な人物の名前がついていたりと、とても面白い経験が出来ました。まるで本の中にのみ存在する、憧れていた世界に自分が入り込んでしまったかのような体験でした。

たいめいけんは魅力たっぷりの面白いお店です。わざわざシンガポールから足を延ばしても、十分に満足できるほどの魅力です。今回はその魅力を紹介します。

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たいめいけんについて

わたしが何故たいめいけんを知ったか。それは池波正太郎のエッセイです。日本橋の洋食店として紹介されていたたいめいけんは魅力たっぷりに語られます。

若い頃から池波正太郎が長く通ったお店で、初代の茂出木心護との思い出が「日曜日の万年筆」に出てきます。たいめいけん主人(上)と(下)という2回に分けて随筆が書かれており、その中では主人の一回忌が間もなくやってくると書かれています。「日曜日の万年筆」が出版されたのが1984年だから、いずれにしろ私と同じ時代は生きていなかったようです。

心護が亡くなる少し前その病床に長男の雅章を呼び、家族が見守っている前で、「お前は、いまより二倍はたらけ。そうしたら、女房のほかに女をこしらえてもいいよ。」と言ったエピソードが語られています。私はこのエピソードが好きで、この章は何度も読み返しました。

むかしの味」では、たいめいけんは一番に紹介されています。「日曜日の万年筆」に出てくる初代茂出木心護とのエピソードはもちろん、お店に対する愛情が語られています。例えばこのような文章。

〔たいめいけん〕の洋食には、良き時代の東京の、ゆたかな生活が温存されている。

物質のゆたかさではない。

そのころの東京に住んでいた人びとの、心のゆたかさのことである。

〔たいめいけん〕の扉を開けて中へ踏み込んだとき、調理場の方からぷうんと漂ってくる芳香が、すべてを語っているようなおもいがする。

私は良き時代の東京の”物質のゆたかさでない”ゆたかな生活というのを知りませんが、実際に〔たいめいけん〕でご飯を食べて、お酒を飲んで、なんとなく池波正太郎の気持ちが分かったような気がしました。

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たいめいけん

住所 : 〒100-6701 東京都中央区日本橋1−12−10
電話 : +81 3-3271-2463

お料理について

池波正太郎のエッセイから、ビーフステーキ、ポークソテー、各種グラタンそして海老や魚の料理なんてのが美味しいという事は知っていたのですが、実際にメニューを見てびっくり。タンポポオムライス伊丹十三風との料理があるではないですか。伊丹十三と言ったら独特のダンディズムが魅力的で私が大好きな人です。まさにこの日も新幹線で「ヨーロッパ退屈日記」を読んでいるところでした。なんて縁なんだと、迷わずタンポポオムライス伊丹十三風を頼みます。それにサイドとビールです。

まずはビールです。頂いたのはエビス。この日は、自分のムードも池波正太郎のエッセイに引きずり込まれていますので、ビールを飲むにしても、飲み切ってから少しだけ入れるという池波風で飲みました。

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次にボルシチとコールスローが運ばれてきます。これはサイドメニューで頼んだのですが、なんと両方とも50円。これで儲かるはずは無いのですが、池波正太郎の言うようにここに初代茂出木心護の心意気が宿っている気がして、そのお皿を目の前に嬉しくなります。感激のあまり涙が出そうになりますが、一人で食べずに泣いていても気持ち悪いので、安すぎるとは思いますが有り難く頂きます。

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そんなこんなでオムライスが運ばれてきました。オムライスを見た瞬間に、自分が生まれる前に書かれた本の中の世界が、現実に目の前に出てきたような感覚がして、もしくは自分がタイムスリップしてしまったかのような感覚です。お皿が目の前に置かれた瞬間にケチャップの匂いがぷぅんと香ってきて、お腹がグルグル鳴ります。

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ケチャップたっぷりのチキンライスの上に卵がふんわりと乗っています。これを豪快にフォークで切り分けます。そしてレードルからケチャップをかける。

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どうです?この見た目。これで美味しくないはずがありません。味はと言うと、やさしい味。これにつきます。やさしい味。にんにく一辺倒の大衆的料理とは一線を画す、ていねいでやさしい味です。スプーンが止まらず、ビールを飲む暇もなく一瞬で一皿なくなってしまいました。

初代の娘さんとの出会い

雰囲気のある女性がウェイターとして立っているなぁと思って、下心を持ってその女性がレジを打っているときに会計に行きました。そして、伊丹十三の名前がオムライスにあるが、昔はよく来てくれていたのか?という事を聞いたら、2代目がテレビで共演して、その時に出来たレシピだという事が分かりました。

その女性(初代の娘さん)は、もう白髪でしたが、まだまだ元気で若い女性でした。私はシンガポールに住んでいて、憧れていた場所にようやく来れた事を伝えたところ、なんでも彼女は30代のころにシンガポールにいらした事がある様子。今は彼女も70歳をこえているので40年前に行ったとの事ですね。シンガポールが建国50周年ですから、シンガポールの10歳を見ているという事ですね。この話も詳しく聞きたかったのですが、さすがにお仕事中、長く邪魔しても申し訳ありません。

次回は1階席ではなく、妻と一緒に2階席に来ることを約束し、その名残惜しい足で羽田に向かいました。

私は当時の雰囲気や味を知りません。娘さんは昔と比べて変わったと言ってましたが、私は何も変わらない事だけが良いことだとは思いません。スタイルを持ったうえで変わっていく店が強いとおもます。そしてたいめいけんにはそうあってほしいです。池波正太郎が初代を応援したように、私も3代目を応援したいと思います。

それでは、また。

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