[映画](500)日のサマー

趣味や娯楽で映画を見る場合、その登場人物に感情移入することで、登場人物と一緒に泣き、笑い、最後のハッピーエンドでストレス発散するタイプの人と、それを芸術作品として、少し離れた距離からみて、その趣向や練られたストーリー展開に唸るタイプの人、二つのタイプの人がいると思います。
本作品は、前者のような見方をする人にとってはものすごく胸糞悪い映画なので、おすすめしません。というのも、本作品は彼女に振られた脚本家が、その腹いせに作った作品なのです。いわば脚本家のマスターベーションのような映画ですが、見せ方が独特で面白く、主題に関してもよくよく考えてみると深いテーマなので、今回はその映画を紹介したいと思います。

500日のサマー
公開 2009年
監督 マーク・ウェブ
脚本 スコット・ノイスタッター
マイケル・H・ウェバー
出演 ジョゼフ・ゴードン=レヴィット
ズーイー・デシャネル

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あらすじ

LAで、グリーティングカード会社で働いているトムは、地味で冴えない毎日を送る青年。ロマンティックな出会いを期待するも、大学で建築を学んでいた彼にはグリーティングカード会社での仕事はつまらなくて、職場にはおばさんばかり。
そんな彼はある日、秘書として職場にやってきたサマーに一目惚れしてしまう。出会いから4日目、トムが偶然サマーと同じエレベーターに乗り合わせたとき、ふいにサマーは「わたしもザ・スミスが好き」と声をかける。そしてそこから二人の交流が始まる。ストーリーはトムの空想と、サマーとの実際の関係を絡めてどんどん進んでいく。
会社のパーティーの帰りがけに、トムはサマーに好意を寄せていることを告白するのだが、サマーは「友達になりましょう」と言うだけであった。34日目、イケアで新婚夫婦ごっこをしたり、ランチピクニックをしたりと徐々に親密になっていく二人だが、期待するトムに対してサマーに「真剣に付き合う気はないの」と言われてしまう。そしてトムは、不本意ながらも「気軽な関係でいいよ」と妥協してしまう。
そして109日目、サマーの部屋に招き入れられたトムは、サマーとの関係が一気に進展したと感じるのだが……。
Wikipediaより

映像の斬新さ

この映画を観て、まずその映像の斬新さに感心しました。いきなり予想外の手法を使って、観るものを飽きさせません。ここでは私が気に入った手法を1個ずつ挙げていきます。

自由な手法

この映画はヒューマンドラマのようなテイストですが、喜びを表すためいきなりミュージカルのようになったりします。トムがサマーと結ばれた日、家を出ると街中の人が踊っているのです。それだけに留まらず、ディズニー映画のようなアニメーションのCGが入ったりすらしてしまいます。まさに天にも舞い上がる気分といったところでしょうか。この映画はその気持ちをミュージカルとアニメーションで表現してしまうのです。映像の作り方がうまいかどうかは一先ず置いて、このような先例に捉われないような奇抜な魅せ方は大好きです。

画面二分割

途中、サマーに招かれていったパーティで、予想と全く違ったことがおきます。ストーリー的にも”え?!”という展開なのですが、その魅せ方も、”え?!”という魅せ方です。なんとこの様子を表すために、大胆にも画面を2分割し、左側で想像上の映像、そして右側では実際のストーリーが進んでいきます。まさに電気屋で観るようなテレビの解像度の違いを宣伝するための画面を思い出してしまいました。いきなりの展開に驚きましたが、表したいことがあればそれを新しい手法で魅せる姿勢は素敵だと思います。

名作クラシック映画”卒業”の挿入

本作中で、その意味深なラストシーンで有名な映画、卒業のラストシーンが挿入されます。花嫁を結婚式中に奪うという大胆なことをしておきながら、ハッピーエンドではなく憂鬱な感じで終わる本作は紛れも無く名作なのですが、これを挿入することで、作品に深みが出ています。このラストシーンが意味するものを知っているのと知っていないのでは雲泥の差なので、まだ見てない方は、先に本作を見ることもお勧めです。

ストーリーの斬新さ

この映画が斬新なのは、映像だけではありません。ストーリーも斬新なのです。

時系列がぐちゃぐちゃ

この映画は主人公トムとヒロインサマーの500日の物語です。この手の映画の場合1日目から順に追っていくのですが、この映画は時系列がバラバラです。いきなり460日目になったり、10日目になったりします。最初から結論が分かっているので、ストーリーがどうなるかの期待は無いですが、結論が分かっている中その過程を知ることでトムとサマーを身近に感じることができます。

サマーが全く釣れない

付き合って最初のうちはトムといい感じの雰囲気でした。しかしトムが本気になるにつれて全く連れなくなっていきます。デート中にトムがサマーの気を引こうと思って面白いことをしても、サマーは完全に無視です。それでもトムは彼女の事を運命の人だと思い込み、がんがん責めていきます。彼女、いわゆる不思議チャン的な魅力があるのです。

主人公トムの喜怒哀楽

不思議ちゃんのサマーに負けず劣らず、トムのキャラも冴えています。トムは喜びを全力で表し、落ち込むのも全力で表します。悩んでいるときは誰かに相談することで、その葛藤を表現します。会話の裏を読むようなヒューマンドラマとは全く違い、あっ、この人めっちゃ嬉しいんだとか、めっちゃ落ち込んでるといったことが、何も考えなくとも分かります。この気持ちいい程に感情を表すキャラ設定は見ていてとても清清しくなります。

この映画が描いた”偶然”ということ

さて、この映画が何故すばらしいか、それはこの映画がただの脚本家の憂さ晴らしだけに留まらず、物語に結論を与えていることです。さて、その結論とは何か。それはすべて偶然ということです。運命なんてない、それは単なる偶然の重なりあいだと、私にはこの映画がそう訴えているように思えます。それは失恋の悲しみから導き出された単なる開き直りかもしれませんが、この映画はそれを見事に芸術として映し出しているように思えます。
人との出会いが偶然であれば、別れもまた偶然。誰がうまくいって誰がうまくいかないかも偶然。それは、その時たまたまそこにいたからなのかもしれないし、結果が出てみなければ分かりません。トムの最後の出会いがそれをあらわしているかのように見えるのです。

まとめ

私はこの映画を妻と観ましたが、批評が真っ二つに割れました。妻はまさに、登場人物に感情移入して映画を観るタイプで、私は逆に客観的に見るタイプだからです。この映画は登場人物(とくにトムのほう)に感情移入してしまうと、理不尽な振り回され方に、胸糞悪くなること間違い無しです。
ですが、偶然という事をテーマにこの映画を観ると、違った楽しみ方ができると思います。この映画をまだ見ていない方は是非冷めた気持ちで観てみてください。

   

さて、いかがでしたでしょうか?人の愚痴ほど聞きたくないものはありませんし、それが映像になればなおさら見たくありません。ですが、上に述べてきたとおり、この映画には人をひきつける魅力があります。いろいろな見方ができる本というのが古典といわれる書物ですし、映画も然りだと思います。この映画はいろいろな角度から見れる映画なので、その意味で傑作といえると思います。

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