[映画]ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)

大好きな映画のひとつ、ビフォアサンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)を紹介します。
(ちゃんと感想を書きたいので、ネタバレありです。)

監督 リチャード・リンクレイター
出演 イーサン・ホーク
ジュリー・デルピー
上映 1995年

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あらすじ

ヨーロッパの長距離列車の中で出会ったアメリカ人学生ジェシーと、フランス人女学生セリーヌ。ふとしたことから意気投合した二人は、翌日の朝までの時間、ウィーンの街を歩き回る。Wikippediaより

え?これだけ?
はい、これだけなんです。初対面のジェシーとセリーヌがウィーンの街を歩き回る。たった一日(半日?)だけの物語なんです。
ですが、ポイントがあります。それは別かれるまでの時間が限られていること。翌朝にはジェシーは飛行機に乗ってアメリカに帰ってしまいますし、セリーヌは電車でパリに向かいます。そんな中、彼らは、 どんなに気があっても連絡先を交換しない という約束をします。それは、この輝く思いでをチープなものにしない為なのですが、この約束によりこの出会いがかけがえのない出会いに変わっていきます。

この映画のすごいところ(会話に重きを置く工夫)

この映画は、派手なアクションで目を引くような映画ではないし、ストーリーの意外さで観る人を引き込むような映画でもありません。この映画は、観る人の頭で考えさせるような、思考で楽しむような映画です。そのため、会話に重きを置くために様々な工夫が随所に施されています。ですので、複雑なストーリーもありません。繰り返しになりますが、これは二人の男女のある一日の物語なのです。

ロングカットで会話を楽しむ

この映画の特徴は、何といってもロングカットにあります。二人だけの会話をカットなしでひたすら映します。
ハリウッド映画によくあるような、場面がガチャガチャ切り替わるド派手なアクション映画ばかり見てる人は、つまらなく感じてしまうと思います。
なんといってもこの映画の見どころは、登場人物の会話から何を考えているかを想像し、頭で楽しむ事にあるのです。

画面を固定

この映画では画面が動かないことがよくあります。その上さらに、出演者まで動かない事もあります。決してカメラワークが下手な訳ではありません。これもおそらく会話を見せたいが為なのでしょう。出演者の表情や台詞から感情に引き込まれていく不思議な力があります。

最小限の登場人物

この映画中で言葉を発する人は限られています。数えてはいませんが、おそらく10人ちょっとではないでしょうか?それもほとんどがイーサン・ホークとジュリー・デルピーの二人が話しているだけです。 ”ある事象が起こった事による二人の反応” をじっくり見ることができます。ある事象が起こる事が大切なのではなく、あくまでもそれに対する二人の反応、そして二人の距離感がどのように変わるのか、がもっとも大事なことで、それこそがこの監督が写し出したいことなのです。

俳優の感情を読み解く

実は私、この映画を3度見ているのですが、見るたびに新しい気付きがあります。そこに気づくたびに感動があるのですが、そのうちのある部分を紹介します。
(ここからネタバレしまくりです。)

出会いは電車の中

物語はヨーロッパを横断する電車(ユーロスター)の中から始まります。中年夫婦がドイツ語で喧嘩しており、その中年夫婦の隣に座っていたセリーヌがそこを離れるようにジェシーの隣の席に移ってきます。
ジェシーはアメリカ人なのでドイツ語がわかりません。そこで隣に来たセリーヌに、中年夫婦が何をしゃべっているか分かるか聞きます。そこからふたりの会話は始まります。セリーヌはフランス人なので、彼女も中年夫婦が何をしゃべっているかは分からないのですが、ひとつ面白いエピソードを話します。それは、何故、どんなに仲が良いカップルも年をとるとお互いの話が聞こえなくなるかということ。彼女によると、男性は年をとると高い音が聞きとりづらくなるし、女性は低い音が聞きとりづらくなるようです。人間の生理的な仕組みからそのように出来ているというのです。このてきセリーヌは20歳を若干過ぎたばかりだと思いますが、このエピソードから、セリーヌは若干大人びた、背伸びをした、もしくは悪く言えば、スレた性格である事がわかります。

その後ふたりは、お互いに読んでいる本の表紙を見せて、どんなものを読んでいるのか見せ合うのですが、文庫本にカバーをかけて読む日本人からしたら、これはちょっとオシャレポイントです。笑 大好きな脳科学者の茂木健一氏が、オペラを観に行く時のドイツ語のレクイム文庫を例にだして、本は人を表わすから、 ファッションのように本を持ち歩く ということを提案していました。まさにこのシーンは、本でお互いの事を確認し合っており、私の憧れのシーンです。

ナンパ~食堂車からウィーンの市内へ~

会話の流れでジェシーは、セリーヌを食堂車へ誘います。典型的なナンパですが、会話の内容が知的なためか嫌になりません。
食堂車に移った二人は、お互い会話が止まらなくなります。
ジェシーは子供のころ、ホースで水を撒いて虹を作って遊んでいるときに、亡くなったおばあちゃんを虹越しに見ます。それを両親に話しても信用してはもらえなかったのだけど、ジェシーはその事がまだひっかかっているのだと言います。
セリーヌは、いつも死を恐れているという話をします。飛行機に乗ったら墜落する想像をしてしまうから、怖くて乗れないし、だから今も電車で移動しているのだと。スピリチュアルでいて、どこか知的で、お互いの会話が向かっていく方向が気になります。

そんな終わりのなさそうな雑談も、電車の中でしていれば終わりが来ます。とうとうジェシーが下りる予定のウィーンに着いてしまったとき、ジェシーが男を見せます。

「ものすごく変なことを言うと思うけど、今言っておかないと後悔すると思うから、、、」

そして、僕たちものすごく気が合うし、一緒に降りて、僕は翌朝飛行機でアメリカに帰るから、それまでの間、一緒にウィーンを観光しないか?と提案します。それも、お金がないからホテルには泊まらないし、ただ夜通しウィーンの街を歩こう。という誘い方です。極めつけは、タイムマシーンのくだり。
これから数年後おそらくセリーヌは結婚している。結婚生活はまんねりし、倦怠期を迎えている。そんなある日、もしも今までに出会った誰かと、例えばあの列車で出会ったアメリカ人、彼と一緒に列車を降りていたら違う人生になったのではないか?それをタイムマシンに乗って、いま、体験しているんだとしたらどうだろう。
ジェシー、かっこ良すぎます。こんな風に言われたらセリーヌ、ついて行ってしまいますよね。笑

レコード屋の視聴コーナー

電車を降りた二人はベタな観光名所などいかず、ただ本当に適当なところをブラブラします。そんな中で立ち寄ったレコード屋の視聴コーナーで、二人で視聴するシーンは、まさに映画史に残る恥じらいシーンではないでしょうか。笑
何度見てもはにかんでしまいます。流れている曲はKath BloomのCome Hereという曲。歌詞なんて関係ないですよね。Come Hereなんです。

ベタすぎる観覧車でのシーン

その後ふたりは観覧車から夕焼けを見ます。
「観覧車で夕焼けを見るなんて、なんか、、、」ともじるジェシーに対して、セリーヌはジェシーの肩に腕を回して「私にキスしたいって言おうとしてるの?」と答えます。ジェシーは目をつぶって頷くだけ。シーン的にはベタすぎるけど、それでもお互いに恥じらいのあるとても良いシーンです。

終わりがあるからこそ、今この瞬間は美しい

水上レストランで、ジェシーがとても印象的な話をします。ある友人が子供が産まれる瞬間を立ち会った時の話。子供が産まれて初めての呼吸をした瞬間、嬉しいはずの彼は何故か、「この子もいつか死ぬんだ」という事を思ったという話。ここで、物事には終わりがあるという事を二人で再確認します。だから今この瞬間が本当に貴重な時なんだと。そこで、この出会いをチープなものにしないためにも、連絡先は交換せずに、この瞬間だけを楽しむという約束をします。

エア電話で状況を友人に伝える

これはレストランでのシーンです。お互いの友だちに、今何しているか電話をかけるという設定で、それぞれ相手が友人役をになって質問します。電話とはいっても、普通にレストランの席ですので、お互いに面と向かって話しているだけです。セリーヌは明日、予定していたランチに行けなくなってしまった、電車で知り合ったアメリカ人男性とウィーンで一緒に降りてしまい、まだウィーンにいると友人に伝えます。ジェシーはなんでそんな馬鹿な事するんだ?と返します。こうしてお互いの、直接伝えられない、本当の気持ちを伝えていくのですが、会話全体がなんとも初々しい空気に満ちていて、見ているこっちも嬉しくなってきます。

そして別れが

終わりがある事はわかっていたのに、すでにさよならは言っていたのに、いざその時になると、どうしようもなくなります。お互いに格好つけて、「この瞬間を最大限に楽しむ」という理由で連絡先を交換しなかったのに、じつはまた会いたかったのです。
結局、土壇場で半年後に同じ場所で会うことを約束して、それぞれの帰路につくところで、この映画は終わります。夜中、二人で歩き回った場所が、二人がいない状態で太陽に照らされているシーンは大変美しいシーンです。
さて、ふたりは半年後、再開でいたのでしょうか?実はこの映画、ビフォア・サンセットという続編があります。半年後、というわけではないのですが9年後の話です。実際、この作品から9年後に公開されました。そちらも傑作ですので、いずれレビューします。

さて、如何でしたでしょうか?
当初思っていた以上にレビューが長編になってしまい、映画をそのまま辿るような結果になってしまいました。この映画をトータルで3回見ているというのもありますが、最後に見てから1か月ちょっと経ってるのに、時系列で場面がすべて出てくるってすごいことだと思います。それだけこの映画がすごいってことなんでしょう。巷には似たような映画があふれておりますが、たまにはこのような映画もいいですよ。おすすめです。

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