「生きる」黒澤明の名作映画を名言と共に振り返る。

単刀直入に言います。今日は、黒沢明の名作「生きる」をレビューします。
世界のクロサワの名作映画のレビューです。
最近は自分の中で古典回帰というか、古いもの(特に50’s~60’s)がブームでして、本にしても映画にしてもファッションにしても、古典回帰しています。さらに、日本人として、世界のクロサワについて語れないのは如何なるものかという2つが一致いたしまして、最近ではデジタルリメイクされた黒澤映画を順に辿っている次第です。まだ全部見ていないし、その全部をレビューしていく訳にはいきませんが、この「生きる」で黒澤明の本質を見た気がしましたので、とりあえずレビューしておきます。今まで黒澤明に触れてこなかったけど、名前だけは知っている。ちょっとくらいは知っておきたいという若いみなさん、この機会に是非!!

生きる

監督      黒澤明
出演者     志村喬
小田切みき
金子信雄
公開  1952年10月9日
上映時間 143分

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あらすじ

Wikipediaにかなり細かくあらすじが書かれています。解説のようなものも含まれたあらすじで、あらすじというか、もはやレビューなんじゃないかという体裁で書かれております。そんなものを全部載せてしまうと私の文章をアップする意味がなくなってしまうし、比較されても嫌なので、省略して書きます。

全文が読みたい方はこちらをどうぞ。

市役所で市民課長を務める渡辺勘治は、かつて持っていた仕事への熱情を忘れ去り、毎日書類の山を相手に黙々と判子を押すだけの無気力な日々を送っていた。ある日、医師から軽い胃潰瘍だと告げられた渡辺は、実際には胃癌にかかっていると悟り、余命いくばくもないと考える。不意に訪れた死への不安などから、夜の街をさまよう。そんな中、飲み屋で偶然知り合った小説家の案内でパチンコやダンスホール、ストリップショーなどを巡る。その翌日、渡辺は市役所を辞めて玩具会社の工場内作業員に転職していようとしていた部下の小田切とよと偶然に行き合う。渡辺は若い彼女の奔放な生き方、その生命力に惹かれる。自分が胃癌であることを渡辺がとよに伝えると、とよは自分が工場で作っている玩具を見せて「あなたも何か作ってみたら」といった。その言葉に心を動かされた渡辺は「まだできることがある」と気づき、次の日市役所に復帰する。

それから5か月が経ち、渡辺は死んだ。渡辺の通夜の席で、同僚たちが、役所に復帰したあとの渡辺の様子を語り始める。渡辺は復帰後、頭の固い役所の幹部らを相手に粘り強く働きかけ、ヤクザ者からの脅迫にも屈せず、ついに住民の要望だった公園を完成させ、雪の降る夜、完成した公園のブランコに揺られて息を引き取ったのだった。通夜の翌日。市役所では、通夜の席で渡辺をたたえていた同僚たちが新しい課長の下、相変わらずの「お役所仕事」を続けている。しかし、渡辺の創った新しい公園は、子供たちの笑い声で溢れていた。

黒沢明の監督作品は、斬新な映像もさることながら、とても物語自体がとても面白い構成になっており、さらに人間について考えさせられるといったとても面白い映画です。時系列でなく回想シーンを混ぜつつ進んでいくストーリーにはついつい引き込まれます。

これはみんなが名作として挙げている程の名作ですし、私が今更レビューなんてする事ないのですが、心に残ったセリフをいくつか挙げながら見ていきましょう。実際私も今回初めて見ましたし、若い人は見たことがない人も多いかと思います。そんな人が黒澤映画を手に取って頂ける機会になったら嬉しいです。

人生を楽しむことは義務ですよ。

自分が胃がんである事を知った渡辺は、30年連続出勤まであと1日という快挙を目前に会社に行く事が出来ませんでした。このまま市役所で何もせずに机に座ったまま時を過ごし、何の浮き沈みもないまま死んでいく自分に焦りを感じて、放浪に出ます。

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放浪中にフラッと飲み屋に現れた渡辺は、始めて自分の金で酒を飲んだと言います。今までは全てが受動的な人生。渡辺の人生が能動的に動き始めた事を予感させるシーンです。

今はそんな会社少ないかと思いますが、「休まない・遅れない・働かない」が出世の三原則と言われた時代です。この原則に従って、なるべく波風を立てずに生きてきた渡辺は楽しむ事を忘れていました。人生が全て受動的。自分で何も選択をすることのない人生です。

自分が胃がんで残りの人生が少ない事を打ち明けた渡辺に、少年は心を打たれます。そして青年は、今まで波風を立てないよう、つまり沈まないよう浮かないように人生を生きてきた渡辺に対し、人生を楽しむことは義務ですよ。と言い放ちます。

課長さんのあだ名はミイラ

あらすじにも出てきた元部下の小田切とよ。小田切みき演じる彼女の役がとても綺麗で魅力的なのですが、劇中の彼女はあだ名を付けるのがとても上手です。

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あっちにベタベタ、こっちにベタベタしている野口はハエ取り紙。

365日、じめじめしている小原はドブ板。

ぬるぬるしていてつかみ所がない大野は、なまこ。

特徴を捉えていて、とても面白いあだ名です。とよは渡辺の部下ですから、これらの人は全員渡辺の部下でもある訳です。あまりに的確過ぎて、渡辺も一時は病気のことを忘れて、一緒になって馬鹿笑いします。

そんなとよが、渡辺につけたあだ名はミイラでした。

ミイラと言えば、生きる屍。これから死ぬことを危惧している渡辺に対して、これは酷なあだ名です。しかし渡辺もその事を自覚しており、今までの無意味な人生に対する後悔の念に苛まれます。

覚えているのは、ただ忙しくて退屈だった。

市役所に勤めてきた30年間を振り返り、渡辺はこう言いました。覚えているのは、ただ忙しくて退屈だった。この時渡辺は、30年間という長い時間を無駄に過ごしてきたことを始めて知ります。自分だけが特別だった訳では無い。みんなと同じように、サラリーマンの定石と言われていた「休まない・遅れない・働かない」をしっかりと実践してきた結果です。それも努力して続けてきた結果なのです。その結果が、ただ忙しくて退屈だった。という事を悟ってしまったのです。

渡辺は、そんな自分とは対照的に自由に明るく生きるとよに活力を感じ、どうしたらよいのか秘訣を懇願します。

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異常なくらいに熱心に詰め寄られたとよは簡単なおもちゃを取出し、「こんなものでも作っていると案外楽しいものよ。これを作り始めてから世界中の赤ちゃんと仲良くなった気がするのよ。」といいます。

恐らく、市役所というキャリアを捨てて、給料も地位も低い工場のライン勤務に転職したとよの事を渡辺は理解できなかったと思います。それでも、そんな事が出来る彼女を羨ましく思いました。そして、渡辺の地位で、自分の人生を生きるために何が出来るかを真剣に考えだします。このシーンは当時よりも現代の方が通じるものがあるのではないでしょうか?

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わしは人を憎んでなんかいられない。わしにはそんなヒマは無い。

映画の進行としては、この後すぐ5か月後に飛び、渡辺は亡くなります。そしてお通夜のシーンで、渡辺が最後の5カ月間に取った行動に対する回想が始まります。とよによって大切な事とは何かを考える気づきを得た渡辺は、最後の5カ月間、どんな行動をとったのでしょうか?

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今までは、たらい回しにされていた公園建設計画に対して情熱を燃やし始めます。奥様方が集団で市役所に訴えかけにきているのに、市役所の所員は言う事を聞いてくれません。そこで渡辺は残りの人生をこの計画にかけることに決めました。市民の声を聞き、各部署の課長から面倒臭がられながらも、計画を推し進めていきます。ヤクザや市議会議員の反対もありますが、自分一人で頭を下げ続けます。「休まない・遅れない・働かない」を原則とする課長たちは、なんとか仕事をしないようにと理不尽な内容で断り続けます。そんな課長たちに対しても渡辺は頭を下げ続け、自分の思った通りに進むように志を曲げません。人にどう思われようが気にせず、自分は人の事を好きだとか嫌いだとか思わず、自分の信念にのみ従い行動します。そして最後には公園が完成し、渡辺はそれとほぼ同時に息を引き取ります。

何か物事を達成し、人の役に立った最後でした。生きている時には気が付かず、なんで死ぬ事が分かってから気が付くのだろう。もっと早く気づいていたら違っていたのではないかと思いますが、自分が本当にやらなければならない事なんて、自分がその立場になるまで分からないものなんですね。

物語の結末

生きている間には気づかない。死を直前にして人間は何が本当は大切かという事を知る。市役所の役員はこの教訓を与えられて、明日から生まれ変わった気持ちで働こう。今までのお役所仕事なんてうんざりだと皆で意を決します。しかし、そのまま素直に終わらないのが黒澤映画の凄いところです。

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渡辺の最期の5か月に感動し、皆でお役所仕事との決別と市役所の再生を誓い合ったお通夜の翌日、なんと、いつもの職場ではいつものようなお役所仕事が続きます。

みんなそれなりに視線はチラチラと動いていて、気にしてはいるのですが、誰も行動できず、いつも通りの日常が続きます。結局何も変わりはしなかったのです。

そして、それとは引き合えに公園には子供たちが溢れ返っている所で映画は終焉を迎えます。

つまり、これは人間の性。人間というのは、自分がその立場に追いこまれないと分からないのです。

ゴンドラの唄

劇中に出てくる渡辺が口ずさむ歌はゴンドラの唄という大正時代の大ヒット曲です。これを最後に貼って終わりにします。志村喬(たかし)の歌うゴンドラの唄は渋すぎます。

いのち短し 恋せよ乙女

あかき唇 あせぬ間に

熱き血潮の 冷えぬ間に

明日の月日は ないものを

それでは、みなさん、ごきげんよう。

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