是枝裕和の海よりもまだ深く (After the storm) を見て、ダメな自分を肯定する。

シンガポール唯一の名画座、The Projectorを知ってからというもの、はっきり言って行きまくっています。週に1回とは行かないまでも2週間に1回は行けるように時間を作っています。

The Projectorのいいところは、アメリカ映画以外も上映されるという事。シンガポール映画、フランス映画、ドイツ映画、イスラエル映画、そしてもちろん日本映画も。

是枝裕和の「海よりもまだ深く」がDVDで出ている事は知っていたので、近いうちに見たいと思っていたところ、The Projectorでやっているではないですか。タイミングが合わずになかなか行く機会を作れなかったのですが、今回ようやくスクリーンで見ることが出来ましたので、今日は感想を書こうと思います。

この映画、英語名でAfter the stormと言うんですね。英語名の方がしっくりくると思ったのですが、その話は本文で。まぁとにかく見ていきましょう。

海よりもまだ深く

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あらすじ

久々に映画のレビューを書くので、どうやって書いたらいいか分かりません。まずはあらすじをWikipediaからコピーするとしましょう。笑

文章が長いので、読むのがめんどくさい人はトレーラーをどうぞ。組み込んでおきます。

良多は作家として文学賞を受賞した経歴を持つが、その後は鳴かず飛ばずでずっと興信所勤めを続けていた。出版社からは漫画の原作をやらないかと勧められてはいたが、純文学作家のプライドから二の足を踏んでいたのだった。そのくせギャンブルには目がなく、少し稼ぎがあればそこにつぎ込むばかりでいつも金欠状態であり、母親の淑子や姉の千奈津に金をせびる毎日を送っていた。そんな彼に愛想を尽かした妻の響子は離婚して久しく、一人息子の真吾のための養育費を求めるほかは接触を拒んでいた。だが、そんな良多にも父親としての意地があり、真吾と顔を合わせるときには金を都合してでもプレゼントを用意していた。

台風が日本に接近しているある日、良多は月に一度の息子との接触を持った。響子はもと夫である彼が、彼女と恋人との接触を極秘調査していることに呆れ、冷たい態度を崩さない。それでも天気の崩れかたを危ぶみ、親子三人、淑子のアパートで一夜を過ごすこととなった。父親を心配して調子を合わせる真吾は、眠れずに父と一緒に嵐のなかを外出、公園の滑り台に籠って駄菓子を味わう。戯れに話し込む親子は、将来の夢について言葉を交わす。考え込む良多は、翌日からの自分のことを振り返ってみるのだった。翌日、晴れ渡った空のもと団地を出る親子の姿があった。

なんで男は今を愛せないのかねぇ。

あらすじはWikipediaを引用したので、自分の文では、映画を切り取ってみて行く事にしましょう。

樹木希林演じる主人公の母が言った言葉が印象的でした。

なんで男は今を愛せないのかねぇ。

阿部寛演じる主人公の良多は、前妻に未練たっぷりです。樹木希林が演じる母が、そんな良多に向かって言った台詞がこれでした。結婚して一緒に子育てをしている時には、一人の時の趣味の延長かギャンブルに打ち込んでしまい、家族を顧みなかった。それに愛想を尽かして離婚したら、今度は家族が大事になってしまう。まさに良多は過去に引きずられて生きています。

一人の時は一人の生活を謳歌すればいいし、結婚して子供が出来たらその生活を謳歌すればいい。また離婚したらそこで幸せを見つければいい。でも実際はそうはいかない。心はひとつ前のフェーズにあるんですね。自分が置かれた立場が変わると、その前の時の良かった部分が美化されて、今に満足できない。また状況が変わると、満足していなかったはずの状況さえ恋しくなってしまう。「なんで男は今を愛せないのかねぇ。」の言葉はそれを見ごとに表しています。もしかしたら男って、誰しもそんなものなのかもしれません。

サブストーリーとしての良多の行動を見てみると、日常生活の中で気になった言葉をポストイットに貼っています。それらの言葉の断片から小説のヒントを得ようという作戦なのでしょうが、これこそ今を生きていないという事なのかもしれません。

そう考えると、私小説家そのものが「今を生きていない」と言えるのかもしれません。

幸せって言うのはねぇ、何かを諦めなくては手に入らないものなのよ。

これも樹木希林が言った言葉です。先述の「今を生きなれない男」を主題にあげていたら、この映画はありふれた映画になっていたでしょう。ですが、この次の言葉が、「海よりもまだ深く」を傑作映画に昇華させています。

幸せって言うのはねぇ、何かを諦めなくては手に入らないものなのよ。

この言葉、読んで字の如く「今日を生きられない男」を肯定しています。「今に満足する」というのはなかなか出来る事じゃありません。きっと誰もがそうです。今置かれた立場に満足できないからって、自分は欲張りだなんて落胆する必要なんてないんです。

この言葉は、完璧な人生、完璧な幸せなんて言うものは無い。だから何かを諦めた時に幸せが手に入ると言っています。

この映画は決して、「今にスポットライトを当てろ」という事を言っている話ではないのです。それだけだったらただの説教話ですもんね。そんな話は嫌われる勇気などの自己啓発本に任せておくことにして、これは映画。話の中心がもう少し垢抜けています。

「今を生きること」はとても大切なことだ。でも、それが出来ない人もいる。失敗しても、それを犠牲に気づけたからいいじゃないかと肯定している話なのです。大いに失敗しましょう。大いに未練に生きましょう。それを犠牲に幸せが何かに気づけたらいいじゃないですか。というのがこの映画の一番言いたかったことなのではないでしょうか?

私は映画の中の、たった二つの言葉から、この映画を通して言いたかったことが見えてくる気がしました。

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テレサ・テン「別れの予感」

もうひとつ紹介しておきたいシーンがあります。これは直接の台詞ではないのですが、テレサテンの歌から「別れの予感」が引用されています。

海よりも まだ深く 空よりも まだ青く

あなたをこれ以上 愛するなんて わたしには出来ない

この曲の歌詞に「海よりもまだ深く」という台詞が出てきます。テレビ番組に出演するテレサテンの歌声だけを混ぜて、息子と母が会話するシーンがあります。このカットはとても秀逸です。会話の沈黙部分にテレサテンの歌声がビシッとハマります。私は映画を作ったことはないですが、映画作成の面からみて、鳥肌もののシーンでした。

この曲は人を激しく恋する事を歌った曲です。ですがこの映画は恋することが主題ではなく、恋は一つの後悔として描かれています。その後悔を通して、幸せの手に入れ方を教示している。それが映画の主題だと思います。

だとすると、このテレサ・テンの曲から引用している映画のタイトルが謎です。正直、これは映画の中で本当に言いたいことではないかな。と思います。もしくは、是枝裕和監督が本当に言いたかった事に、自分が気付けていないだけなのかも。この点は一つ心残りです。

英題のタイトルについて

日本では「別れの予感」から引用して、海よりもまだ深くというのが映画のタイトルになっています。これを海外で見ると、After the stormというタイトルになっています。私はこちらの方がしっくりきます。Stormという単語は本当の嵐と、離婚、前妻の再婚という嵐を言い表していると考えることが出来る。本当の幸せへの「気づき」がそこにあるのであれば、タイトルはこちらの方がしっくりくるかなと、思いました。

The Projector

さて、映画のレビューはこれくらいにして、そろそろナチョスのレビューでもしましょうか。

え?ナチョス?

はい、ナチョスです。

the-projector_nachos

今回はナチョスにKronenbourg 1664 Blancのパイントをシートに持ちこんで映画を見ていたのですが、ナチョスは間違いなくShawよりこっちの方が美味しいと思いました。お酒を持ちこめるのも最高です。

The Projectorやめられません。私からの報告は以上になります。

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