小津安二郎「東京物語」を見て、離れている家族との付き合い方を考える

小津安二郎の代表作「東京物語」という有名な映画があります。数々の賞に輝き、未だに“世界の”映画ランキング上位に入って来るほどの名作です。その内容はと言うと決して楽しい話ではありません。これは、崩壊した家族の話です。しかし、それは 現実の話です。

「東京物語」は1953年の映画ですので、2016年の今から比べると、63年前の映画です。半世紀以上も前に作られた映画にもかかわらず、未だに 共感できるという点で、普遍的な心理を映し出している作品と言えます。一方で、時代によって受け取られ方が違う(であろう)作品でもあります。この作品が作られた63年前よりも、今だからこそ見る作品と言うべ きでしょうか。きっとこの映画が作られた時は、その兆候は微小だったでしょう。しかし半世紀以上経てその”ズレ”が大きくなってきた。そして今だからこそ万人が共感できるようになった。そんな気がします。家族と離れて住む海外在住の方などは特に意識しなければならない問題だと思います。

今日はそんな映画を紹介したいと思います。

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あらすじ

まずは、どんな話なのか。Wikipediaからコピペします。

尾道に暮らす周吉とその妻のとみが東京に出掛ける。東京に暮らす子供たちの家を久方振りに訪ねるのだ。しかし、長男の幸一も長女の志げも毎日仕事が忙しくて両親をかまってやれない。寂しい思いをする2人を慰めたのが、戦死した次男の妻の紀子だった。紀子はわざわざ仕事を休んで、2人を東京名所の観光に連れて行く。周吉ととみは、子供たちからはあまり温かく接してもらえなかったがそれでも満足した表情を見せて尾道へ帰った。ところが、両親が帰郷して数日もしないうちに、とみが危篤状態であるとの電報が子供たちの元に届いた。子供たちが尾道の実家に到着した翌日の未明に、とみは死去した。とみの葬儀が終わった後、志げは次女の京子に形見の品をよこすよう催促する。紀子以外の子供たちは、葬儀が終わるとそそくさと帰って行った。京子は憤慨するが、紀子は義兄姉をかばい若い京子を静かに諭す。紀子が東京に帰る前に、周吉は上京した際の紀子の優しさに感謝を表す。妻の形見だといって時計を渡すと紀子は号泣する。がらんとした部屋で一人、周吉は静かな尾道の海を眺めるのだった。

なんともパッとしないストーリーに思いますが、この話がすごいんです。

両親の上京

小津安二郎の映画は全てそうですが、低い位置からのカメラワークが特徴的です。東京物語も例にもれず、昔の小さな日本家屋の風景が低い位置から移されて物語がスタートします。見ていてとても懐かしい感じがします。場面は東京。あらすじにもある通り、両親が上京してくるシーンから始まります。

tokyomonogatari1

両親は自分が手塩にかけて育てた子供のもとにいられて、とても嬉しそうです。ですが(わずか数日ですが)長くいることで、だんだんと違和感が生じてきます。

あなたが結婚後、新しく築いている家庭に、両親が訪れてくる機会は多くあるのではないでしょうか?この先は胸に手を当てながら、こころして読んでください。

両親を邪険にあしらう子供

この映画の主題の一つに、「子供たちから見捨てられる親」というのがあります。

長女は美容院を営み、その旦那は開業医をしています。お互いに起業しているとはいえ、個人でやっているようなもの。ふたりとも仕事で精一杯です。父と母を東京観光に連れていくはずが、急な往診があったり、美容院のお客さんを無視できず、なかなか観光に行けません。

父と母は「ええよ、ええよ。忙しいのが一番じゃよ。」と嬉しそうにしていますが、家の中でだんだんと居場所がなくなってきてしまいます。そんな中、血の繋がっていない次男の妻、紀子だけが仕事を無理に休んで、父と母を観光に連れていきます。

そしてついには長女の提案で、(せっかく東京に出てきたのに)熱海でゆっくりしてきたらと言う事になり、父と母はふたりで熱海まで出かけていきます。ところが当時の熱海と言ったら新婚旅行のメッカ。そして若者たちの集まる場所ですから、うるさくて寝られないし、とても休まるどころではありません。予定より早く東京に帰ると、もっとゆっくりしてきたらよかったのにと、長女から言われてしまいます。

東京も観光出来て、熱海にも行けて、幸せだった。と両親も子供も話し合っていますが、妙な違和感だけが残ります。

とことん受動的な親

子供が親を邪険に扱い、親が一方的に哀れに書かれている反面、ここで気になるのは、とことん受動的な親の姿です。子供の言う事にはすべて従い、何かを恐れているかのようです。

父親はある夜、旧友との東京での再開に、飲みまくります。そして、本音がこぼれます。

「あいつは本当はもっと優しい子だった。開業医なんて肩書はいいが、そんなたいしたもんじゃない。」

ここに書かれているのは、親から子への過度な期待。映画をそのまま受け取れば、親が子の期待を裏切るように書かれていますが、よくよく考えてみると、そこには過度な期待をし過ぎな親の姿も見て取れるのです。

そう考えてみると、一見哀れそうに見えている親の姿にも違和感が出てきます。

尾道での親の死に目

東京で子供たちにお世話になり、故郷の尾道に帰った後、母は急に危篤になります。東京から兄弟が駆けつけますが、親を邪険に扱っていた長女の家族は既に喪服を準備してきています。ある意味で合理的というか、気持ちが無いというか、見ていてとても悲しい関係です。そこでも血の繋がっていない紀子だけは喪服を持って来ておらず、悲しみに暮れます。

ここでひとつ、印象的なシーンがあります。母がなくなった後にさっそく形見の話をする長女に対し、次女の京子は怒ります。そこで紀子が言った言葉が、これです。

だけどね京子さん、私もあなたくらいの時にはそう思ってたのよ。子供って大きくなるとだんだん親から離れていくもんじゃないかしら。お姉さま位になるともうお父様やお母様とは別の、お姉さまだけの生活ってものがあるのよ。お姉さんだって決して悪気であんなことなさったわけじゃないと思うの。誰だってみんな、自分の生活が一番大事になってくるのよ。

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そしてこのシーンの後、父はお母さんの形見の時計を実の子ではなく血の繋がっていない紀子に渡します。

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妙なもんじゃ。自分が育てた子供より、いわば他人のあんたの方がよっぽどわしらに良くしてくれた。いやぁ、ありがとう。

この言葉を聞いて、紀子は泣き崩れます。

まさに現代にありがちな話ではないでしょうか。苦労して育てた子供より、赤の他人に親切にされ、そちらの方がうれしく思うなんて皮肉なもんです。これを親の立場から見れば、子供の親不孝。子供の立場から見れば親の子離れが出来ていないということになります。

親はもっと自立して、子供と離れた自分の生活を持つべきだとも思うし、子供はもっと親を大切にするべきだと思います。

古典というのは色々な取り方が出来るといいます。時代によって捉え方が変わるこの作品はまさに古典だと言えると思います。決して見て楽しい作品ではないですが、一度は見ておくべき作品だと思います。あなたはこの作品をどう捉えますか?ぜひ自分で考えてみて下さい。

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