[映画]わたしに会うまでの1600キロ

今回は映画の話。日本語のタイトルに原題とかけ離れたタイトルをつけるのはどうかと思います。確かにそれによって内容がタイトルから汲み取り易くなる事はあると思うし、それがより多くのお客さんを映画館に運ぶことになれば、映画業界自体もハッピーでしょう。
国によって文化が違う訳だから、国民性というのか感性というのか、そのタイトルから感じ取る印象も違ってくる。だから国ごとに違うタイトルをつけることはある意味重要なのかもしれません。

しかし、その映画を作った人がタイトルをつけた以上、そこに何か想いというか、映画をより深く読み取るヒントだとか、もしかしたら隠されたメッセージなんてものがあるのかもしれません。ですので、私は日本語に翻訳された映画を見るときには、必ずオリジナルのタイトルを見るようにしています。

今回紹介する映画は、わたしに会うまでの1600キロ、オリジナルのタイトルは『Wild: From Lost to Found on the Pacific Crest Trail』です。

全然違いますね。WildはSpaceALCによると、名詞で荒野という意味ですが、アメリカの俗語的な意味で、羽目を外す、ばかな行動をとるといった意味も持つようです。それに副題で、From Lost to Found on the Pacific Crest Trail。つまり、失ってからパシフィッククレストトレイルで見つけるまで、という事になります。

日本語のタイトルのわたしに会うまでの1600キロは、上手い訳だとは思いますが、ずいぶんと乙女的な印象になってしまい、Wildのイメージがかけらもなくなってしまいます。この映画を見ると分かるのですが、この映画にWildの言葉が持つイメージは必要不可欠だし、この映画はわたしに会うまでの1600キロというタイトルとどうもマッチしないように思えてしまいます。

結局、客を呼ぶためのタイトルか(私も実際にまずタイトルに惹かれたうちの一人)と思ってしまい、良い気持ちはしないのですが、それは日本に輸入してくる人たちが企てている事。映画自体は何も悪くないのです。

ということで、ずいぶん長い前置きになってしまいましたが、今日は、わたしに会うまでの1600キロわたしに会うまでの1600キロという映画を紹介します。

わたしに会うまでの1600キロ
監督 ジャン=マルク・ヴァレ
脚本 ニック・ホーンビィ
出演者 リース・ウィザースプーン
ローラ・ダーン
日本公開 2015年8月28日
上映時間 116分

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あらすじ

一人で砂漠と山道を歩くシェリル。巨大なバックパックにふらつき、テントを張るのも失敗。この旅を思い立った時、彼女は最低の日々を送っていた。母の死に耐えられず、優しい夫を裏切り、は薬と男に溺れていた。母が誇りに思ってくれた自分を取り戻すために、一から出直すと決めたのだ。だが、この道は人生よりも厳しかった…。果たして彼女が、1600キロの道のりで見つけたものとは。R-15指定作品。
「Oricon」データベースより

そうです。これは一人の女性がハイキングコースをひたすら歩く映画なのです。

パシフィック・クレスト・トレイルというクレイジーなハイキング

パシフィック・クレスト・トレイルとは、メキシコ国境からカナダ国境までをアメリカまるまる縦走するハイキングコースのことです。この長すぎるハイキングコースを女性一人で踏破するというのが、この映画の見所です。タイトルにもある通り、彼女が歩いたのは1600キロ。つまり全てではないのですね。メキシコからカナダまでが1600キロな訳はないですから。参考までにWikipediaによると、正確な距離は4,260キロのようです。全ての道のりを走破するハイキングには毎年300人が挑戦し成功率は約6割のようです。

4260キロといえば、フルマラソン100回分といえば分かりやすいでしょうか?途方もない距離ですね。この距離のハイキングに挑戦する人が多数いるアメリカという国の巨大さに、ただただ驚くばかりです。。。

旅の後に分かったこと

何故この途方も無い距離を一人で歩く旅に出ようと決心したか、それは元夫に対しての振る舞いや、結婚しているのにも関わらずドラッグやセックスに溺れた事、それに最愛の母の死が重なった事がきっかけです。

この旅を通して主人公は、自分の過去と向き合います。

自分が嫌になって(自分の過去と決別したくて)旅に出た主人公ですが、ゴールする頃には、自分の過去を受け入れるという境地に達します。自分がやってきたことを振り返り、もし時計の針を戻して同じ時に戻ったとしても、彼女は同じ事を繰り返しただろうといいます。そして、彼女の今までの選択すべてがこのたびへと彼女を導くための道標だったと、彼女は悟ります。

ネタばらしをするつもりはありませんが、予告編にあるところはこんなもんですね。私の説明より、動画を見た方が早いですね。笑

同時に語られるもう一つのストーリー

何度も繰り返す通り、これはただ後悔に悩む女性の歩いている姿を映した映画です。主人公の心理にはいろいろな変化がありますが、実際に話が進んでいるのは彼女が歩いている時だけです。ですがそれだけではただのドキュメンタリーになってしまうので、歩きながら過去のストーリーが挿入されていきます。そのため時系列がばらばらになって、退屈なドキュメンタリー映画になる事を防いでいます。

いくつか挿入されているサブストーリーの中でも私の心に響いたのは母親のストーリーです。
40代でがんが見つかった母親は、今まで旦那のため、子供のために生きてきたけど、自分のためには生きてこなかった。もっと時間があると思っていた。と言います。がんが見つかってすぐに余命1年と言われたのにも関わらず、1ヶ月足らずで衰弱しきってしまいます。そして最後には、まだ生きているうちに子供たちに内緒で角膜を提供してしまいます。

全体のストーリーの筋としては、この母親の死があってこそ、歩くことを決めたのですが、私にとってはこれはこれでもう一つの立派なストーリーとして心に響きました。

自分のために生きなかった事への後悔が、強烈に表されており、心を惹かれます。このような実話から自分の人生を見直す、またはその登場人物の生涯を追体験するというのも映画を見る意義、映画から学ぶべきことだと思います。それは本を読む事も同じなのですが。

この映画の元となった小説

それはCheryl Strayedという著者のWild: From Lost to Found on the Pacific Crest Trailというノンフィクション小説です。

ジャケットを飾るくたびれたダナーのブーツが、アメリカの本らしくて良い感じです。
英語の本なので、読むには相当気合入れないと難しいですが、ジャケットがカッコいいので読む読まないは別にして買ってもいいかもしれません。私の場合、その低すぎる英語力のせいで英語を読むのは極端に遅いため、積読といわれる読んでない本が大量にあります。この本も欲しいのですが、どうせ捌ききれないのは分かってるので、、、でも欲しい。

さて、如何でしたでしょうか?今回は新作をレビューしてみました。あまり新作映画は好きではないですが(つまらない映画が多いので)、この映画は良い映画だったと思います。たまには新作もよいですね。

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