バンコクにて日本人の宗教観について思う事

先日バンコクと言ったらウィークデーマーケットだという記事を書きました。

バンコクに行ったら絶対外せないオシャレスポット ウィークエンドマーケット

このマーケットはある意味ではバンコクを象徴するものになっていると思うのですが、バンコクとして見た時に、その歴史の中でウィークエンドマーケットはまだまだ長い歴史がある訳ではありません。

古着のマーケットがはじまるずっとずっと以前から、タイと言ったら仏教の国。今回はタイの仏教について感じたことを書きます。

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バンコクの街のお寺

バンコクに行く前、私の中のバンコクのイメージと言ったら、ハングオーバーの2作目で描かれていた夜のイメージ。イメージはこれ以上でもこれ以下でもなかったので、(若かったら違ったかもしれませんが、今は)あまり惹かれるものがなく、今まで自然とバンコクに足が向きませんでした。しかし今回行ってみてイメージは一変。百聞は一見にしかずとはまさにこの事。私の中のバンコクのイメージがガラリと変わりました。

街をプラプラと歩いていて気が付くのですが、バンコクの街中にはお寺がたくさんあります。なんだか単純に言葉にしてそう言っただけでは薄っぺらく、「それは京都も同じだろう。」と思うかもしれません。ですがバンコクでは今も”そこに住む人たちの”信仰が続いているという点で違います。お寺に入ってみると、年寄りはもちろんの事、若い人達もお線香と花とを買って、熱心にお祈りしています。どのお寺もそうなのですが、観光客よりも地元の人の方が多かったです。この点が日本のお寺と違うなと感じます。

その中に私も混ざって、身振り手振りを真似してお祈りしてきました。難しいことは分からないですが厳かな気持ちになります。

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アユタヤの遺跡群

今回の旅行ではある程度の時間があったので、アユタヤ遺跡にも足を運んでみました。アユタヤ遺跡は1351年から1767年の間に興ったタイ人によるアユタヤ王朝の遺跡です。この王朝は長い間ビルマと対立しており、王朝の最後もビルマによる侵略で滅びてしまいました。ビルマによって侵略された後は、見捨てられた土地となり、その古都が再興されずに残っているという事で、そこに興味が沸き行ってみました。バンコクから車で1時間程度で行けるのも嬉しいです。

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この日は平日だったので観光客は少ないだろうと思っていたら、逆にローカルがお参りに来ていて混んでいました。ローカルもわざわざアユタヤまで足を運んでお参りをするんですね。現地でハイヤーしたガイドさんに一日連れまわしてもらったのですが、そのガイド曰く、タイでは9という数字が縁起のいい数字で、9つの寺に回るのが縁起がいいとされているとか。ゲン担ぎでそんなに寺に回られたのでは、寺も道も混んでしまうのですが、わざわざ平日にもこれだけの人がいるとなると、それだけ信仰があついという事なのでしょう。

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アユタヤで思った事は、(建築物を見に来たり、お土産屋さんでお土産を買うなどではなく)単純に仏像を拝みに来ている人が多いという事です。何かをお願いする事があって、そのためにここを訪れるというのは、とても素敵な事だと思います。目的地に何かがあって、そこに向かっていくのではなく、自分に何かがあってそこに向かっていくのです。実際にお祈りしている人達をみると、とても美しく見えました。

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日本人の宗教観

この日は一日ガイドさんと一緒にいたので、色々な話をしたのですが、仏教寺院を回っていたので、自然と仏教の話は多くなります。私は仏教について学んだことは一度もないし、それほど敬虔な仏教徒でもないのですが、今までに色々なお寺を見て回っていたので、それなりに話が出来ました。その中で、日本人の宗教について聞かれました。どうやらガイドさん、日本人は(ほぼ)全員が神道だと思っていたようです。私はこの手の質問にはいつも、日本人は仏教と神道のミックスだと答えるようにしています。歴史の時間に習った神仏習合、あれですね。日本の神道のものすごい点は、他の宗教と対立しないという点です。インドの仏教が中国経由で入ってきたとき、日本人はそれを自分たちなりの解釈で取り入れてしまったんですね。空海だとか最澄だとかの有名なお坊さんが命がけで中国まで行って習ってきて、それを日本人独自の解釈で取り込んでしまった。だから日本人はお正月のような国内行事の時には神社でおみくじを引いてお祈りもするし、だけど人が亡くなったときにはお寺からお坊さんが来てお経を読んでも何の違和感もないんですね。「異教徒だ!」ということにはなりません。日本人は「わたしは何の宗教を信じている」という事はあまりないし、宗教を聞かれたら「無宗教です」という人がほとんどでしょう。だけど日本人の宗教観というのは自然に生活の中に溶け込んでいると私は思います。神様の事を信じているか?という質問に信じていないという人は大半でしょう(わたしもその一人です)。だけど、神社で大きな岩にしめ縄が巻いてあったらそこにはなんだか神聖なものを感じるし、でーんと立っている大きな木には何かが宿っている気がします。トイレの神様と言われても自然に感覚として心に入ってくるし、そんなとこに神様いるかよという突っ込みは誰もしません。それは神道の八百万の神々の考え方が自然に染みついているからで、その感覚が日本人だと思います。

多くの日本人は宗教と聞くとそれだけで「うっ」と身構えてしまう人が多いと思いますが、でも実際は日本人だけが共有できる共通の感覚ってあると思うんです。ニュースを見ていると、政治家が無理をして、民族としてのアイデンティティを必死に作ろうとしている国もあります(ネイションビルディング)が、そんなもの簡単に出来るものではないし、日本人にはそれが既にあります。一度も植民地支配されたことのない、世界中の中でも特異な島国だからこそ、長い歴史の中で出来てきた感覚というか、そういうものに目を向けたいし、それを外国人にも紹介したいと思っています。今回のガイドさんのように日本人は神道だと思っている人は稀で、日本人は無宗教だというのがステレオタイプのようですが、私は外国人と日本の宗教観を話すときには、今回書いたように説明しています。海外に出るとナショナリストになる人が多いと言いますが、まさにその通りで、外から自分たちを見ると、何が外国人と違うのか、何を誇りにしたらいいのかという事が分かってきます。この日はガイドさんとの会話がきっかけ考え直す事になりました(いつも私は人に話すことで自分の考えをまとめます)が、海外を旅行する時にはこういう感覚を持つことに意識したい。そしてまだ見つけていないところも発見していきたいです。

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さて、如何でしたでしょうか?軽くバンコクのお寺について紹介するつもりでしたが、後半少し熱くなってしまいました。外に出て自分の内面を見つめる事ってとても良い機会ですね。

今まで、バンコクを夜のイメージだと思い込んでいてすみませんでした。私からは以上です。

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